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OUR STORY

 

EN TEAという茶の姿

 

Ⅰ. 序章

「茶」とはとても不思議な存在です。
「茶」を飲むこと。私たちは日常の中で、まるで無意識のように茶を欲して、淹れて、そして口にしています。
そして他方では「茶」は「茶の湯」として、日常性を遮断し、密室から宇宙へその意識を高めるための儀式と結びついています。
私たち日本人は長い歴史の中で、「茶」を通して日常の中に深く潜り、そしてときにその外側に誘われてきたと言えるでしょう。
そしていま、「茶」はGREEN TEAと呼ばれ、グローバルな注目を集めています。あるときは健康的な飲料として取り上げられたり、またあるときは「MATCHA」として若者たちが集まるカフェでもお洒落な飲み物としても人気を集めています。
もちろん、これらのものもすべて「茶」のひとつのかたちであることに変わりはありません。しかしこうした受け取られた方が、正直どれも私たちにはなんとなくしっくりこなかったことも事実でした。

なら、自分たちの納得のいく「茶」をつくりあげてみたい。
日常と非日常の境界線を往復する、私たちが長い時間をかけて付き合ってきた「茶」を、現代的なライフスタイルや時間感覚と向き合うことで、しっかりアップデートしたい。

そんな思いが、このEN TEAに込められています。

 

 

Ⅱ. 出会い

EN TEAのコンセプト、それは「畑」と「飲む人」に向き合った茶作りです。
この往復運動なくして、いい茶葉は作れない。この思いを共有する二人が出会い、2016年に生まれた茶葉ブランドがEN TEAです。

日本文化を支えてきた職人たちとコラボレーションし、彼らの継承してきた伝統的な物作りの精神と技術を現代的なスタイルのプロダクトを通して現代に提案をしてきた丸若裕俊。そして佐賀で代々茶を栽培してきた家に育ち、土地と向き合いながら茶作りに身を投じてきた松尾俊一。

始まりは、パリギメ美術館(ルーブル美術館東洋別館)で丸若が行った「日本茶と器」の講演で講師を松尾に依頼したことでした。
丸若と松尾の語る「茶」の本質は、フランスの人々がそれまで抱いていた日本茶のイメージを大きく更新するものでした。「茶」のもつ本来の味わい、そして多様な楽しみ方。二人はこのときの聴衆の新鮮な驚きと喜びに満ちた表情が今でも忘れられないと述べます。
そして、この講演をきっかけに、二人は日本茶の新たな可能性の探求をはじめました。

 

 

Ⅲ. 茶のある風景

そこから丸若と松尾は、お互いの今までの経験を通して、茶の可能性を夜遅くまで佐賀と東京を行き来し語り合いました。私たちEN TEAというプロジェクトのはじまりです。

試行錯誤はまず「茶葉」というものに対して無自覚に抱いている既成の概念……自分たちの中の多くの「当たり前」を取り除くことからはじまりました。
緑茶から焙じ茶や今まで注目されなかった茶種にも同様の価値を見出すというEN TEAの基本的な考え方はこの時に生まれました。

そしてこうした試行錯誤は、同時にさらなる難問への扉でもありました。話せば話すほど、丸若と松尾は本来の「茶」とは私たちにとってどんな存在だったのか、というもっとも本質的な疑問に突き当たっていくことになりました。

その答えをくれたのは、台湾を訪れたときの体験でした。
それまでもお互い何度も訪れていた台湾ですが、改めてブランドを立ち上げるにあたって、改めて訪れる機会がありました。

そこで、丸若と松尾が出会ったのは、「茶」の原風景ともいうべき日常の姿でした。

台湾で出会った人々は日常にある茶だからこそ、自分の好きな味や銘柄の茶を大切にし、友人や恋人や家族との語らいの場で茶を飲んでいました。家の中はもちろん、喫茶店や空港そして公園などで、こだわりの道具で贅沢な時間の中茶を楽しむ人。慌ただしい日常の中で、水筒に入れたお気に入りの茶を飲んで一息をついている人。その有り様は本当に自由なものでした。

これこそ茶の原風景なのではないか、そう強く感じる事が出来ました。

フランスでの出会いと、日本での思いの共有、そして台湾での気付き、今思うとこのやり取りを経てEN TEAは固定概念に捉われることなく、茶の本質に根ざしたブランド作りを心掛けるようになれたと思います。

 

 

 

Ⅳ. EN TEAの茶作り

2018年色々な事を乗り越えEN TEAは、佐賀県と長崎県の境にある、
九州の里山でスタートする事が出来ました。 このあたりは昔、肥前国と呼ばれ、日本で初めて緑茶が生産されたといわれる地域のひとつです。
拠点を構え、伝統的な栽培、製茶技術を学びながら始めた茶葉作りを通して、茶の本質を皆さんにお届けしようという試みは、同時に茶を作る側の人々との出会いも生むこととなり、今の私たちの目標であり「小さくても茶作りのプラットホームになりたい」へと繋がっています。
今日の大量生産、大量消費の中で生まれた不均衡な生産者と消費者との関係性。結果的にその歪さは過剰な農薬や肥料の使用というかたちで、飲む人々の体験に影を落としています。
私たちは農薬や肥料の使用について完全に否定するのではありません。ただ、私たちは飲まれる方や茶葉に対して丁寧に目を向けた茶葉作りをしたい。それだけです。この思いは、私たちだけに限ってのことではなく、日本全国の茶農家さんの中でも日増しに増えている思いなのです。
また、後継者育成を考えたときに、一生産者や一地域での茶作りは限界がある。これは当初から考えていたことでもありましたが、茶作りを進める中でもより強くなってきました。
であれば、そうした茶農家と出会い、協力しあい茶作りをしていけないかという考えに辿り着いたのです。

葉を育ててくれる茶農家さんたち。
開発と味の決定を行う松尾俊一。
ブランドを育て、皆さんにお届けする丸若裕俊。

こうして、三位一体となって生み出す茶葉作りの形が生まれたのです。
今はまだまだ小規模ですが、少しづつ日本各地の茶農家さんに助けて頂きながら良質な茶葉を生み、EN TEAをより多くの人々にお届けする事が出来る様になりました。

 

 

Ⅵ. 今そして

EN TEAはまだ、産声を上げたばかりです。
そのはずなのに、世界を引率するシェフたちや先進的な取り組みで未来を形にしている同世代のクリエーター、そして、こだわり抜いた鮨屋さんや数百年も続く日本の老舗の方々に、私たちの茶葉を扱って頂いています。ほんの少し前でも、いまの恵まれた状況は誰も想像もしていなかったものでした。茶葉は私たちに驚くような「出会い」を与えてくれたのです。
もちろんこうしているいまも毎日が問題山積で、失敗の繰り返しです。

たった1日、自然にそっぽを向かれたら1年のうち残りの364日が無駄になることもあり得ます。せっかく満足のいく茶葉に仕上がっても保存の方法にちょっとした手違いがあって出荷できないこともあり得ます。それが自然と対話して仕事をするということです。私たちの仕事は、こういうこととも向き合っていかなければならないのです。

ですが、こうした一つ一つの出来事が結果的に茶葉の深みへと繋がるんだなと思うようになりました。

日本に「茶」が初めて伝わってから1300年間、この飲み物は人々に愛され続けてきました。それはたぶん、その本質を忘れずにその時代に適応するための変化を恐れなかったからだということに尽きます。

私たちも過去に敬意を持ちつつ、今という時代とこれからの未来を見つめて、茶葉に触れていけたらと思っています。

 


 

 

 

MEMBER

 

丸若 裕俊
→EN TEA主宰、茶人

東京生まれ横浜育ち。多種多様な文化が交わる港町で幼少期を過ごした後に、日本各地を旅する中で職人との交流が深まり、日本文化をプロデュースする丸若屋を設立。
松尾俊一との出会いにより、自身の集大成として茶の可能性を世界に伝えることを目的にEN TEAを設立。

2008 PUMA × 九谷焼プロジェクト「KUTANI with MARUWAKA」
2009 上出長右衛門製作 「髑髏お菓子壷花詰」プロデュース / 森美術館「医学と芸術展」展示、金沢 21 世紀美術館所蔵
2012 小学館創業 90 周年記念 千住博「源氏物語」限定 BOX 制作 プロデュース
2014 有田焼 400 周年事業 “SEEDS of ARITA Project” プロデュース
2016 DINING OUT ARITA & with LEXUS プロダクトプロデュース / プロデュース映像 伊万里焼「文祥窯」 カンヌ コーポレートメディア&TVアワード ゴールド受賞


松尾 俊一
→EN TEAマスターブレンダー、栽培家

佐賀県嬉野生まれ。言語聴覚士の職に従事し、その後家業である茶農家で従事し、数々の賞を受賞。
自身の求める茶づくりと、茶栽培の未来を実現すべく独立し、丸若裕俊と共にEN TEAの立ち上げに参画。EN TEA全ての茶葉の開発と味、品質の最終決定を行う。

2010 全国茶品評会 農水大臣賞
2012 全国茶品評会 農水省生産局長賞 1 等 2 等
2013 全国茶品評会 日本茶業中央会長賞 1 等 3 席 / 佐賀県茶共進会 最優秀賞 農水大臣賞 / グレートテイスト 2013 2 ツ星獲得
2015 全国茶品評会 全国茶生産団地連合会会長賞 1 等 5 席 / 佐賀県茶共進会 最優秀賞 農水大臣賞